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西図書館の古文書を読む会について
船橋市西図書館では「船橋市西図書館の古文書を読む会」の会員の方により、所蔵している古文書の解読を進めています。古文書を読む会は毎月第2・第4火曜日に西図書館で活動しています。 興味のある方は見学できますので、西図書館郷土資料室へご連絡ください。 解読後は『船橋市西図書館所蔵史料集』として刊行しています(各図書館で閲覧・貸出可)。
また、一部の資料は「船橋市デジタルミュージアム」→「資料を楽しむ」→「くずし字を読む」でくずし字と活字を重ねたり並べたりしながら見ることができます。
また、一部の資料は「船橋市デジタルミュージアム」→「資料を楽しむ」→「くずし字を読む」でくずし字と活字を重ねたり並べたりしながら見ることができます。
『船橋市西図書館所蔵史料集 第一集 村高帳(上総)』
2004年3月 請求記号:200/34/フ 資料番号:013729116
「上総山辺郡武射郡石高府」(写)をはじめとする房総の資料群を解読し、翻刻した。
『船橋市西図書館所蔵史料集 第二集 御用留(上総)』
2005年3月 請求記号:200/21/フ 資料番号:013855655
「御用留」は、幕府や藩から伝えられた法令(達・廻状など)、村からの訴願、村に起こった出来事に関する記録等を名主が記録していく帳簿。本書には、文化2年(1805年)から慶応4年(1868年)の63年間の上総国の御用留の内から、七ケ村十冊を収録。
『船橋市西図書館所蔵史料集 第三集 御用留(下総国曽谷村)』
2007年3月 請求記号:121/21/フ 資料番号:014021208
天保5年(1834年)から慶応3年(1867年)の下総国葛飾郡曽谷村(現市川市)の記録十冊を収録。内容は、代官所等からの達書のほか、代官所下役の通行の先触、寺社の勧化、人相書等を含み、地方支配の実態やそれに対する村方の対応を知る上で、重要な史料。
『船橋市西図書館所蔵史料集 第四集 御用留(下総国藤代村一)』
2008年10月 請求記号:184/21/フ 資料番号:014299671
文久2年末(1862年)から文久3年(1863年)の下総国相馬郡藤代村(現茨城県取手市)の記録を収録。内容は、代官所等からの達書のほか、大名並びにその家族・家中などの通行に関するもの、小貝川岡堰の水利に関するものなどを含む。
『船橋市西図書館所蔵史料集 第五集 御用留(下総国藤代村二)』
2010年9月 請求記号:184/21/フ 資料番号:014500888
慶応4年(1868年)正月から明治元年(1868年)12月の下総国相馬郡藤代村(現取手市藤代)の記録を収録。内容は、代官所等からの達書、回状のほか、水戸藩主帰国の先触、覚、また戊辰戦争の上野戦争(5月)前後の不穏な政情を把握した教論書等を含む。
『船橋市西図書館所蔵史料集 第六集 御用留(下総国藤代村三)他』
2012年3月 請求記号:184/21/フ 資料番号:014570352
下総国相馬郡藤代村(現茨城県取手市)の明治2年(1869年)の「御用留」を収録。国政に関する新政府の通達や村の日常の様々な記録が記載されており、転換期の村の実態を知る上で貴重な史料となっている。さらに、牛久藩新治領(現茨城県石岡市)割元役の日記形式の記録(享和3年・1803)と小貝川の豊田堰(現竜ケ崎市)の「出来方帳」(慶応2年・1866)を収録。牛久藩の飛地管理と、取水堰や堰組合についての貴重な史料。
『船橋市西図書館所蔵史料集 第七集 房総志料・墨蹟遺考・真間紀行・海岸紀行』
2013年3月 請求記号:000/29/フ 資料番号:014610752
江戸時代の地誌・紀行文と考証随筆を取り上げて解読し、翻刻した。江戸時代後期には、庶民をふくめ、多くの人が社寺巡りや湯治の旅をし、その結果、多数の紀行文や随筆が記されたが、本として印刷・刊行されたものはごく少数だった。本書で取り上げた文献の多くは、ここで初めて活字になるものである。『船橋市西図書館所蔵史料集 第八集 嶺岡紀行・浜路のつと・弐笑人成田参詣全・安房雑集』
2015年3月 請求記号:000/29/フ/8 資料番号:014639561
江戸時代の紀行文・地誌を取り上げて解読し、翻刻した。それぞれの著者は幕臣で寛政の牧政改革の功労者として知られる人物、江戸住の国学者で文人である人物、船橋周辺に住したと思われる文学・歴史好きの人物、安房周辺の地歴に通じた人物と多彩。紀行文にはいずれも和歌や俳諧(俳句)が多く収められ、特に前二者は文学的な作品となっている。『弐笑人成田参詣全』は訛語と当て字が多く、歴史の記述にかなり誤りがあるという難点があるが、希少な郷土人の作品という視点から収載した。『船橋市西図書館所蔵史料集 第九集 船橋町史・船橋往復記・小晒網関係史料』
2018年1月 請求記号:110/21/フ 資料番号:015411978
船橋の歴史を記す史料を取り上げて解読し、翻刻した。『船橋町史』は、町の成り立ちや名所などが項目ごとに記され、江戸時代の文書の写しも含まれている。それまで町村に関するまとまった史料がない中で、完全ではないにしても、著者がその歴史を記したもの。『船橋往復記』と『小晒網関係史料』は、船橋の漁業史に関するもの。小晒網という漁法を用いることで裁判まで発展するが、その間の様々なやりとりが残されている。史料中に度々登場する石井新吾は、船橋町吏員で、歴史に造詣が深く、織田完之と親交があった人物。『船橋市西図書館所蔵史料集 第十集 将軍の鹿狩(上)』
2020年12月 請求記号:110/21/フ 資料番号:015829583
江戸幕府は、現在の船橋市・松戸市・野田市・柏市・流山市・鎌ケ谷市・白井市・印西市などにまたがる「小金原」に幕府直轄の広大な馬の放牧地・小金牧を設けた。船橋市域にはこの小金五牧のひとつである下野牧があり、現在でも野馬土手などの遺構がわずかながら残っている。小金原に増えすぎて田畑を荒らす鳥獣の駆除と、泰平の世に慣れた幕臣の武道鍛錬のために、江戸中期以降、四回にわたって将軍家の御鹿狩(おししがり)が行われた。御鹿狩は小金原の一画で行われたため市域外ではあるが、下野牧のことや市内の旧村から多くの勢子や人夫を出すなど、当市とも極めて密接な関りがあるため、当館で所蔵する御鹿狩の史料を解読し、刊行する。上巻には八代将軍吉宗が行った享保十年の第一回と翌年の第二回、第十一代将軍家斉が行った寛政七年の第三回の御鹿狩の史料を収載。
掲載日 令和3年2月9日
更新日 令和3年2月18日